
「卵」は単に「もの」ではない。一つのモチーフである。
それが今、あなたの手に委ねられているのである。
どう割るか、どう焼くか、どう煮るか。これらは果てしない命題であり、
あなた自信のこだわりと、タイミングをイカンなく発揮するひとつの
「ライブ」なのである。
ただ、卵があるから、ではない。それをどのように召すか。
余談だが、私は目玉焼きは半熟、しかし、その卵黄膜を取り去った瞬間に
あふれ出る卵黄。これを食い止めることに命をかけている。 それは油断や、他の食品に気を取られていると、雪崩のように
全てが崩れ去るのである。
私にとっての言わば「災害」なのである。流れ落ち、
地面に(皿に)まとわりついた卵黄。これほどに解せないものはない。
脱線しましたが、その自分と卵との距離、空間、心持、すべてを一心に集め、
卵を扱うことが大事なのである。 |